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石巻市市街地再開発プロジェクト「デュオヒルズ石巻立町」

石巻市は、宮城県の東部に位置する県内第2の都市です。東日本大震災によって甚大な被害を受けた石巻市では復興に向けたさまざまな再開発事業が進められています。2015年12月、石巻市の市街地再開発第1号プロジェクトとなる複合施設「石巻テラス」が竣工しました。フージャースは、その約3年前から石巻市の復興事業に参画し、この「石巻テラス」と「デュオヒルズ石巻立町」において分譲マンションの開発・販売を担っています。なぜ、フージャースは不動産デベロッパーとして復興に向けて再開発事業に携わるのか?その想いと葛藤をプロジェクトの第一線に立った2人の社員が語り合います。

MEMBER

  • 古跡 匡建築部 建築一課 サブチーフ
    (現 営業部営業3部 チーフ)

    2013年入社 建築学専攻

    フージャースの石巻での再開発プロジェクトは学生時代から知っており、それが入社動機のひとつでもあったという。休日は街を歩くことが多い。気に入った建物を見て、カフェでひと息つくのがリラックスタイム。

  • 佐藤 一馬営業本部 営業部 営業三課 課長代理

    2011年入社 法学部卒

    東日本大震災のその年に入社し、首都圏でのマンション販売に携わった後、自ら希望してこのプロジェクトに参加した。石巻はすでに第2の故郷のような存在。「金華さば」をはじめ「食」も多彩な土地なのだという。

復興に向けた商業一体型再開発事業。
2人にとって思い入れの深いプロジェクトだった。

佐藤

フージャースの石巻市での再開発事業というと「石巻テラス」が最初ですね。地上6階建ての施設で、1・2階が商業エリアと駐車場、3~6階が住居エリアになっていて、その分譲マンションの企画・販売をフージャースが担当しました。計画に3年近く要して、2014年に着工し竣工が2015年12月というスケジュールでした。

古跡

この「石巻テラス」は震災後に着手された石巻市の市街地再開発では第1号となるプロジェクトなんですね。地元の地権者や行政、コンサルタントなどとともに参加組合員の一員としてフージャースは携わっています。そのあたりのスタイルがすべてを自分たちで手がける自社開発マンションとの大きな違いだと思いますね。デベロッパーの知見を生かして震災復興に貢献したいと考えていた社長の廣岡に打診があって、それがきっかけでスタートしたプロジェクトだと聞いています。

佐藤

その後近隣地区で2016年9月に竣工した「デュオヒルズ石巻立町」も同じスタイルでフージャースが手がけた商業一体型再開発プロジェクトです。古跡さんは建築の担当としてこの2棟にずっと関わってきましたよね。

古跡

ええ、私が入社したのが2013年4月でその夏に担当した初めてのプロジェクトが「石巻テラス」だったんです。佐藤さんも営業として2棟の販売を任されて、けっこう長い間石巻に赴任していましたよね。思えば長い付き合いです。(笑)

佐藤

「石巻テラス」の販売がスタートした2014年2月から「デュオヒルズ石巻立町」が完売する2017年2月までだからほぼ3年間石巻に住んでいたのかな。この石巻の再開発はちょっと思うことがあって自分で手を上げて飛び込んだプロジェクトなんです。それだけに大きな転機となった仕事でした。実は古跡さんにとても思い入れの強いプロジェクトだったんですよね。

ともに叶えたい想いもある。
けれども、プロとして譲れないものがある。

佐藤

古跡さんは学生時代から石巻の再開発に関わっていたんですよね。

古跡

そうなんです。学生時代に建築を専攻していて、そのときに石巻の再開発に関わるワークショップの話があったんです。震災の復興には自分自身思うことがたくさんあったので、ぜひと思い参加したのです。実はそのときのワークショップのテーマとなったのが、「デュオヒルズ石巻立町」の複合施設なんですよ。もの凄い偶然なんですけど。(笑)

佐藤

なるほどね。そうなると思い入れもいっそう強くなりますよね。でも、どうなんでしょう? 学生として関わるのと、フージャースに入社して建築のプロフェッショナルとして担当するのとでは大きなギャップがあったんじゃないですか?

古跡

そのとおり。いろいろな壁に当たって悩みましたね。建築担当としては、再開発プロジェクトの参加組合員の人たちと協議を重ね、一方で設計者さんやゼネコンさんと話し合いながらそれを設計図面に落とし込んでいくことが主な仕事になります。ところが、そのプロセスでさまざまなギャップが生じてくるのです。学生の時は、地元の人たちやコンサルタントの人などと、「こんな建物にしよう」「あんな機能も盛り込もう」と、思いつくまま自由に語り合っていました。ところが、実際の建物として成り立たせるためには、安全性や快適性など必ず盛り込まなければいけない要件がたくさんある。そのためには、関係者の皆さんの意見と対峙したり妥協したりしなければならない場合もあるわけですよ。

佐藤

プロフェッショナルとして譲れないものがあると。そういえば私も、営業という立場からいろいろ要望をぶつけて、古跡さんとはずいぶんやり合いましたね。(笑)でも、最終的に目指すところは一緒なんですから、(意見が対峙した方とも)お互いに通じ合う想いみたいなものもあったんじゃないですか?

古跡

ええ、それを実感したのが「デュオヒルズ石巻立町」の竣工の時です。学生時代から顔見知りだった地権者さんが「いろいろやりあったけど、やってきてよかったね。」と声をかけてくれたんです。あの時は嬉しかったですね。

できるかぎり近い目線で考える。
この街で学んだいちばん大事なこと。

古跡

さっき佐藤さんはこのプロジェクトについて「思うことがあった」と言っていましたね。あれはどういう意味なんですか?

佐藤

うーん、震災の復興については自分なりに思い入れもあったんですけど、あのとき考えていたのはもっと自分自身のことでしたね。当時、なんか仕事で行き詰まっている感じがあって、がらりと違う環境に自分を置いてみたいと思ったんです。

古跡

それで、石巻に赴任してどうでしたか?

佐藤

さっきの古跡さんの話ではないけれど、私は私なりにギャップに直面しましたね。やっぱりなんだかんだ言っても私たちは「よそ者」じゃないですか。震災のこと、住まいのこと、地元の方たちにはさまざまな想いがあるのになかなかそこまで踏み込んで話をしてもらえることができない。最初の頃は地元の人とできるだけ同じ目線で同じ温度で接するように試行錯誤しましたね。

古跡

どうやってその壁を打ち崩していったのですか?

佐藤

できる限り地元の人の話を聞く機会を増やすこと。地元の居酒屋やスナックに通いまくりましたね。(笑)

古跡

そっちの作戦ですか。(笑)

佐藤

でも、居酒屋のカウンターで隣り合った人がふっと漏らす言葉にすごい重みがあったりするんですよ。同じ目線に立つことは無理かもしれないけど、できる限りお客様と近い目線で考えること。これが石巻で学んだいちばん大事なことかもしれません。

古跡

私自身、佐藤さんから聞くお客様の生の声は大切にしていました。建築という仕事はどうしても机上論になりがちですからね。ところで佐藤さん、石巻の3年間でいちばん嬉しかったことは?

佐藤

営業ですからね、やっぱりマンションのご契約をいただいた時かな。「デュオヒルズ石巻立町」では初めて販売の責任者を任されて、4カ月で完売できた時は嬉しかったですね。

復興とともに私たちが担う役割も変化する。
いつの日か、街づくりそのものに挑んでみたい。

佐藤

古跡さんとは入社年次は違うけれど、年は同じなんですよね。それだけに通じ合うことが多くて、プロジェクトでは心強い同志という感じでした。

古跡

あの頃は2週間に1回くらいのペースで石巻に出張していて、佐藤さんにはずいぶん地元のお店を案内してもらいました。(笑)こうして淡々と話しているとわからないのですが、実は佐藤さん、凄く熱い人なんですよね。街を歩いていても「おっ、一馬クン!」とかしょっちゅう声をかけられて、すっかり地元に溶け込んでいる雰囲気で尊敬してしまいました。(笑)

佐藤

ありがとう。(笑)ところで、古跡さんはこれからどんな仕事をしたいと思っているんですか?

古跡

そうですね、今後しばらくは石巻とは違う案件を担当することになると思います。さらに将来的には、さっき佐藤さんが話してくれたような、お客様と直接やりとりするような仕事にもチャレンジしてみたいですね。違う分野でも経験を積んで、建築のスペシャリストとしての幅を広げたいと思っています。佐藤さんはどうなんですか?近々、石巻で3番目となるプロジェクトが立ち上がりますよね。

佐藤

そうなんですよ。現在は首都圏でファミリーマンションの営業を担当していますが、石巻でのプロジェクトがスタートすれば再び赴任するつもりです。いつかまた、古跡さんとは石巻で一緒に仕事をしたいですよね。

古跡

ぜひ!(笑)石巻でもフージャースのマンションで生活する人が増えてくれば、マンションの管理やコミュニティづくりなど、もっと街に根ざした領域に仕事の幅も広がっていくはずです。次は石巻の街づくりそのものに関わるようなプロジェクトにチャレンジしてみたいですね。