街のストーリー

街と人々を見つめて、
豊かさを育む、そのきっかけを。

2026.4

北海道東部の十勝地方のほぼ中央に位置する帯広市。日本有数の大規模経営の畑作・酪農地帯として栄えてきました。帯広の中心街には百貨店や商店街が栄え、その象徴として、1975年には道内で初めてイトーヨーカドーが開店しました。しかし中心市街地からの人口流出の煽りを受け、1998年に同店が閉店。以降、今回の再開発が行われるまで約20年間、イトーヨーカドー跡地は空きビルの状態が続きました。
今回はこのイトーヨーカドーの跡地に、2020年10月に「帯広市西3・9周辺地区第一種市街地再開発事業」として竣工した住宅棟「The TOWER OBIHIRO」のストーリーを、事業主であるアルファコート株式会社の樋口 千恵(ひぐち ちえ)さん、フージャースの齋藤 誠(さいとう まこと)の取材を通してご紹介します。

樋口 千恵(写真左)

アルファコート株式会社取締役副社長。長年に渡り、本事業を推進。

齋藤 誠(写真右)

株式会社フージャースコーポレーション 分譲事業部門企画開発本部副本部長。北海道エリアの土地仕入れ等を担当。

誰も触れられない場所

―今回の対象地である帯広市西3・9周辺地区とは、どのような場所だったのでしょうか。

樋口

帯広駅徒歩10分のところにあり、繁華街と官公庁街のちょうど真ん中に位置する場所です。今回の建設地は、道内で初めてイトーヨーカドーが出来た場所で、当時近隣には地元の百貨店もあったりと街の賑わいを作り出していた場所でした。
けれど1998年にイトーヨーカドーが閉店してからは空きビルの状態が約20年続き、閉店をきっかけに歩行者の通行量や営業店舗の減少が加速して、市街地の衰退は深刻な状態になっていきました。

齋藤

アルファコート株式会社さんがこのビルを取得するのが2016年のことですが、それまでも何度も民間企業が利活用の検討をしていましたよね。その度に資金難や購入会社の破綻など、様々な理由で頓挫して実現には至りませんでした。廃業した大きなビルが街の真ん中にあるので、異様な雰囲気で「誰も触れられない」と言われていたこともありましたね。

当時のイトーヨーカドー

2度目の挑戦

樋口

今回の購入の前に、一度このビルの購入を検討したことがあるんです。今回の購入の1つ前の所有権移転の際ですが、地元の方からお声がけをいただき、社内でも検討を進めていました。残念なことに、その時はご縁がなく東京の企業の方が購入することとなり。その1年半後に、またビルが売却されるということで、約2ヶ月で購入を決めました。ここまでの短期間で決められたのは、前回検討したときに再開発のイメージはついており、「次こそは!」という思いがあったからですね。

―今回住宅棟の売主は株式会社フージャースコーポレーションと株式会社大京ですが、フージャースと一緒に進めようと考えられた理由は何でしたか?

樋口

今ではだいぶ増えましたけれど、当時道内の地方都市でマンションを供給されているデベロッパーさんがあまりいなかったんですね。そんな中で開発実績を残していて、釧路の開発でもご一緒していたフージャースさんの存在は、とても安心感がありました。
ものづくりにおいても、全国で分譲されているので知見が豊富にありながら、その場所に合わせたものづくりをされている印象があって。

齋藤

ありがとうございます。私たちとしても、札幌市内だけでなく、道内の様々な都市で開発を進めたいという思いがあって、函館、釧路と開発をしていたので、今回のお話は大変ありがたかったです。道内でもエリアごとに環境や産業が異なるので、暮らし方も異なって、その特徴を知り、うまく掴めるかがやりがいだねと、社内では話していましたね。
帯広市では約15年ぶりのマンション分譲で、首都圏のデベロッパーはほとんど参画していないエリアだったので、私たちにとってもチャレンジでしたね。

追い風への転換

―今回の開発では、駐車場棟・事務所棟・店舗棟・分譲マンション棟の4つが開発されています。特にマンションは約15年ぶりの開発ともなると、市や地域から寄せられた期待も大きかったのではないでしょうか?

樋口

今回の事業は帯広市が策定する「帯広市中心市街地活性化計画」に貢献する形で実施していますが、この計画を協議するために帯広市中心市街地活性化協議会という会が組織されています。皆さん、プロジェクトに対して前向きで、常に具体的に落とし所まで議論できたことが本当に良かったと思っています。来街者が誰でも利用できるバリアフリーのお手洗いの設置や、目の前にあるバス停の待合所として店舗棟1階の風除室を活用すること、エリアの特性からムスリム対応をしてほしいなど、様々な期待を寄せていただきましたね。

行政からも、法人のオフィスや商業テナントを入れて欲しいと要望をいただきました。
協議会の皆さんは、街の中で「何か仕掛けたい」、「街を良くしたい」という前向きな気持ちに加えて、先進的で冷静な視点をどなたも持っていて、常にポジティブに会話を進められたことが、私たちにとっては非常にありがたかったです。

―議論が紛糾したり、合意形成に時間を要する再開発のイメージからすると、非常に珍しいですね。

樋口

そうですね。事業に関わられたみなさんのお陰で、人に恵まれていたと思います。
もちろん、私たちの開発の話が出たスタート時には、懐疑的な声が出ることもありました。でも、それは過去に事業主が何度も変わり、「やる!」と言ったのに実行されず、20年近く空きビルになっていたら、誰だって「本当にできるの?」という気持ちになると思うんです。その中で、早く計画に取り掛かって、着実にするべきことをして形にしていくことを続けていたら、自然と風向きは変わっていきました。

皆様、街のために活動をされているので、今回の動きをとても喜んでくださいましたね。

The TOWER OBIHIRO 外観

―開発をするにあたって、住宅棟ではどのようなことを意識しましたか。

齋藤

樋口さんたちと会話をしながら、この場所は観光の場所ではなく、十勝エリアの産業を支える機能を持った場所なので、ここに暮らす人のことを第一に考えたものづくりをしようと決めましたね。地元の方々の住まい、また経営者の方や農家さんのセカンドハウス、あとはリタイアして戻ってきて住みたいと考えている人のための住宅など、様々な顧客となりそうな方々を想像したことを覚えています。

そして、帯広市のランドマークになるような、圧倒的な存在感を感じさせるタワーマンションにしながらも、歴史ある街に馴染むクラシカルな外観に仕上げています。

マンションエントランス(2020年撮影)
エントランスホール(2020年撮影)
樋口

ちょうどコロナの時期ということもあって、資材の遅延があったり、予定していたテナントが急遽入れなくなったりと、想定外のことも多々あって。なにかとプレッシャーはありましたが、無事に完成、マンションの居住者の皆様は暮らしも始まりホッとしています。

モデルルーム写真
マンションからの眺望

街が動き始めた

―今回の開発を振り返ってみて、いかがですか。

樋口

街の様子が目に見えて変わったと言うのは、正直難しいです。けれど、分譲したマンションが完売したことや、これから周辺の大型商業施設の建て替えが始まる兆しがあったりと、街の更新を促すきっかけになっているといいなと思っています。
フージャースさんがこのエリアを把握して開発を進めてくださった結果だと思うので、今回ご一緒させていただいて、本当に良かったと思っています。

齋藤

マンションを購入された方を見てみると、農家さんのセカンドハウス需要も多くありましたよね。帯広市は繁華街の商圏が100キロあると言われていて、郊外の農家さんだと食事をするために来て、ホテルに泊まって帰るということもあるようです。住宅や暮らし方とひとえに言っても、色々な過ごし方があることを学びました。
マンションではないですが、商業棟に帯広エリアで初めてのコメダ珈琲ができて、朝から行列ができていたのも忘れられない光景です。樋口さんたちの商業・マンション・駐車場の開発が呼び水となって、これから帯広の街がさらに豊かになることを期待しています。

釧路や函館に続き、道内で可能性を広げることとなった本事業。住宅開発においては、どのような人が、どのような目的でその場所での暮らしを選ばれるのか、その背景には街の産業構造や人々のライフスタイルが色濃く関わることを改めて感じました。
2026年現在、JR帯広駅前では再開発プロジェクトが進行しており、これからも街は変化を遂げていきます。これからも、その場所や、その街で過ごす人々を見つめながら、事業に関わっていきたいと思います。

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